医療ジャーナリスト 田辺功

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田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」

2021年1月20日

(387)今年も大学で話しました

 毎年1月、私の最初の大仕事は大阪医大での「医学概論」授業です。対象は医学部と看護学部の 1年生で、最近は、メディアから見た医学・医療で思いつくままに話すのが半分、そして学生さんに主に新聞記事の論評や感想を医療レポートとして提出してもらい、それをテーマに話し合うのが半分という感じです。
 前半でいつも私が一生懸命に話すのは、勉強を重ねて、立派な医療者、つまり医師や看護師になってほしいとのお願いです。今年もテキストの最初に「温かい心、豊かな社会性ある医療者をめざしましょう」と書きました。医療ジャーナリストがなれるのは結局は患者ですから、いつも患者のための医療、を強調しています。
 患者は何を求めているか。私はいつも16世紀のフランスの外科医アンブロワーズ・パレのことを話します。弟子から医師のすべきことを聞かれたパレは、患者の求めに応じるようにと言います。患者が1番求めるのは病気を治すこと、治らなくても症状を改善させよう、全部の症状が無理ならせめて痛みだけでも軽くしてあげよう。「それもうまくいかなかったら」と聞いた弟子にパレは「患者の手を握り、私がここにいると慰めてあげよう」と話したとのことです。正確な言葉のやり取りはもう覚えていませんが、患者のために尽くすのが医師だとの教えです。
 今の学生はほとんど新聞なんか読まないようですが、私は新聞、雑誌、週刊誌などをちゃんと読んでほしいと思っています。患者は医療関係の記事があると真剣に読み、真剣に悩んだりします。医療者はそうした患者の心を知り、もし、世の中に間違った知識が広がっているならそれを正さなければいけません。12月の多少とも関心ある記事を取り上げて論評することで、メディアに注目するきっかけになればうれしいことです。
 レポートはコロナ関連が圧倒的でした。不運にも感染した人たち、とりわけ医師や看護師などの病院職員や家族を非難したり拒否したといった記事がいくつもありました。昔なら慰め励ましに行ったり、お子さんはうちでしばらく面倒みてあげましょ、となったのに、と私は憤慨したのてすが、学生は真面目なのか、時代なのか、さほど深刻に受け止めてはいないようでした。

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