医療ジャーナリスト 田辺功

メニューボタン

田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」

2015年8月10日

(116)第三者の卵子で体外受精

 不妊夫婦がどのようにして子どもを得るか、は複雑な問題です。解決法にはそれぞれに反対があり、新聞やテレビでは賛否を巡るさまざまな議論が展開されてきました。
 7月27日、神戸市のNPO法人が、匿名の第三者女性が提供した卵子と夫の精子による体外受精を2組実施し、凍結保存したことを明らかにしました。年内には受精卵を妻の子宮に移し、来年出産の見込みです。このNPO法人は、病気のために妊娠できない女性に卵子を提供する目的で、病気女性の家族や不妊治療機関などが中心になって設立された「卵子バンク」です。すでに子どもがいる35歳未満の女性に無償での卵子提供を呼びかけたところ、200人以上の女性が応じ、今回がその第一陣というわけです。
 本来は女性の子宮内で卵子と精子が受精して始まる妊娠ですが、卵子の成熟や卵管の通過障害、精子の数や能力不足など、さまざまな原因から受精が不首尾に終わる夫婦があります。両方を外に取り出して受精させる体外受精は当初、宗教家の非難を浴びましたが、ノーベル賞に値する画期的な技術でした。
 残るのは精子や卵子が全く使えない場合です。精子は非配偶者間人工授精(AID)があり、慶応大学病院では1948年から学生の精子で実施してきました。しかし、卵子はこれまでは日本ではできなかったため、高額な費用を払い、米国、タイ、韓国で実施する夫婦が数年前から増えてきていました。
 気になるのは、生まれた子の「出自を知る権利」です。米国では結構話題で、国際的には認められつつあるともいわれます。NPO法人は、子どもが希望した場合はある程度の情報提供することを卵子提供女性に承知してもらっているとのことです。
 西村京太郎さんの推理小説『生命』は、AIDの資料を盗んだグループが、精子提供を受けた家族や、提供した男性からお金を脅し取ったり、提供者が金持ちと知った子どもが親子認知を強要して起きる事件をテーマにしています。
 日本人は血にこだわり、養子に偏見がありますが、今でも何%かの子どもは父親が違っている可能性があります。赤ちゃんあっせん事件からできた、幼児を戸籍上も実子と扱う特別養子制度のように、他人の精子、卵子で生まれても実子扱いする法律が必要かも知れないと、この小説を読みながら思いました。

トップへ戻る