医療ジャーナリスト 田辺功

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田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」

2019年5月20日

(305)超高額薬で保険財政への心配


 先週の大きなニュースは超高額な新薬の保険適用でした。注目されていたのは難治性白血病治療薬「キムリア」の保険での公定価格です。中央社会保険医療協議会は5月15日の総会で1回分の薬価をこれまで最高の3349万3407円に決めました。と聞くと誰でもひっくり返りそうになりますが、「キムリア」は通常の薬ではなく「CAR-T細胞療法」と呼ばれる特殊な遺伝子治療薬です。日本の病院で患者の血液から白血球の1種T細胞を取り出して凍結保存し、メーカーのノバルティスファーマ社の米国施設に送り、遺伝子操作でがん細胞を認識できるように変えます。T細胞培養液が「キムリア」で、日本の病院に戻して患者に点滴します。
 従来の化学療法が効かないか、再発した急性リンパ性白血病またはリンパ腫の患者に効果が期待できます。一方で呼吸や神経への重い副作用も少なくなく、白血病では25歳以下の患者に限られる、緊急時に対応できる病院や十分な知識・経験のある医師が扱うなど使用にはかなり細かな制限がついています。これを受けてノバルティスファーマ社は医師や技師に研修し、キムリア使用病院を認定していくようです。こうした条件から厚生労働省は患者は年に200人強、薬代は70億円ほどと予想しています。
 その程度なら保険制度や財政への影響は軽微といえます。しかし、医療分野の規制は緩やかなものが多く、乱用の懸念は消えません。キムリアが他の血液がんにも効き得るうえ類似の遺伝子薬が他の難病治療薬として続々登場する可能性もあります。キムリアを先例に、メーカーは同程度、あるいはさらに超高額薬価を求めるかも知れません。
 思い出すのは「年1人分3500万円」といわれた抗がん剤オプジーボです。患者が少ない悪性黒色腫から、肺がんなどへの適用で一挙に問題になりました。今の薬価は当初の4分の1です。薬価は原価と関係なく、巨額な研究開発費を強調する製薬企業と国や保険機関との交渉で決まります。保険制度を維持するためには、超高額薬や超高額治療法は適用範囲を合理的に絞るのはやむを得ないことです。
 難病にかかり、医療費はこれまで何10年間に払った保険料の何倍にもなる。それで助かったとしたらその後、何をして社会に返せるかとついつい考えてしまいます。

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