田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(289)薬師様にお願いしました
1月20日の日曜日、久しぶりに奈良の仏を訪ねました。私はかつては新聞社の奈良支局に勤務し、文化財を担当していましたし、通算すると10年は奈良のおばの家に住んでいました。そのおば宅を拠点に今も時々は奈良の思い出の場所を巡っています。
今回は秋篠寺、薬師寺です。おば宅に近い秋篠寺には年に2、3 回は出かけています。有名なのは伎芸天 (ぎげいてん) 。音楽などの芸術にたけた天女で、天平時代の作といわれるお顔は美しく優雅に微笑んでおられます。手つきや腰のひねりがとても女性的です。身長2メートルと背が高すぎるのが難点ですが、私の最も好きな仏像の 1つです。
秋篠寺のご本尊は実は薬師如来像です。本堂では両側に日光菩薩、月光菩薩を従えた薬師三尊像が中心で、伎芸天は左端に置かれています。
薬師寺の金堂も薬師三尊像です。秋篠寺の木造仏と違って銅製で黒光りしています。
薬師如来は左手に薬壺を持っています。薬の仏様、というより、病気を治してくれる仏様なので、お医者さんの仏様でしょう。医師も薬も身近とはいえない昔、病気からの回復を必死で祈った人々の姿が目に浮かびます。主に医療報道に携わってきた私は仏像の中でも薬師様に親しみを感じます。
私は毎年この時期に大阪医大の医学部、看護学部の1年生が対象の「医学概論」の授業をしています。今年は次の日、1月21日がその日でした。取材先でもあった著名な生化学者の早石修先生が学長の時でしたから、始まりはもう30年も昔のことです。当時はひょっとしてノーベル賞をもらうかも知れないといわれた早石先生でしたが、昨年はお弟子さんの本庶佑先生が医学生理学賞を受賞されました。
医学概論ではいつも、何よりも患者を大事にする医師、看護師になって欲しいと話しています。2つの寺の薬師様には、若い学生さんたちがそうした医療者に育ってくれることを、そして日本の医療界全体がそうなって欲しい、とお願いしました。