田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(197)研究不正は無罪、ということでしたが
毎日毎日、新たな不正、うそ、ごまかしが新聞の紙面に登場します。1週間もたつとずいぶん昔の話になった感じがします。そんなニュースの1つ、東京地裁が3月16日、製薬大手ノバルティス社の元社員に無罪を言い渡したというのは意外でした。
記事を読んでなるほどと納得しました。裁判官は薬の有効性データを改ざんして論文を書く医師に提供していた元社員の行為は薬事法 (当時) の虚偽広告などの罪に当たらないと判断したとのことです。私は起訴された罪状をよく知らなかったのですが、データの粉飾から誇大広告までは何段階もあります。元社員がその全てで主導したという証明はありませんから、裁判官の判断が正しそうです。
ノバルティス社の降圧剤ディオバン(一般名バルサルタン)は脳卒中や狭心症予防効果が売りでした。根拠となったのが元社員がデータを改ざんした京都府立医大の論文です。ノバルティス社は医学専門誌の記事や広告でくり返し大宣伝し、多くの医師はそれを信じて処方し、ディオバンはトップ薬になりました。こうしたことは確かに不正でしょうが、現実にはいろんな形で起きています。製薬企業の意をくみ、臨床試験をした医師自身が手を加えるのがより普通でしょう。
精神科医の著書『ファルマゲドン』(みすず書房)によると、欧米では臨床試験論文はいまや、実施した医師でなく専門記者が書くことが多く、その際は、効果はよりオーバーになり、副作用は除外するそうです。精神薬のいくつかはそうした試験で認可されたと告発されています。どんな薬も医師がいうほど効かないと患者が感じるのは当然です。
この事件を踏まえ、厚生労働省は規制強化法案を国会に出しています。臨床研究をする医師らに計画書の事前審査を受けさせ、データや利益相反を公表するなどの内容です。誇大広告の取り締まりなどはなく、どの程度の効果があるかは疑問です。
性善説信仰が強いためか、医療に関する法律の多くは罰則があまり厳しくありません。患者よりわが社、わが病院、私の利益を優先する医師や人々が増えている時代、患者が身を守るのはなかなか大変です。