田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(145)認知症判決は妥当でしたが
全国的な注目を集めた認知症裁判で3月1日、最高裁の判決が出ました。予想通りの妥当な修正内容といえます。それにしても一審、二審の判決からは、無理やり責任を押しつけ、賠償金を取ろうという社会の醜さを感じました。
2007年愛知県大府市で91歳の認知症男性が列車にはねられて亡くなりました。JR東海が、振り替え輸送費用などを遺族に支払うよう賠償請求訴訟を起こします。13年8月、名古屋地裁は別居の長男の監督義務を認め、同居の85歳妻が「目を離さず見守るのを怠った」として計約720万円の賠償を命じ、14年4月、名古屋高裁は責任があるのは同居の妻だけだとして約360万円に減額しました。家族から「患者を閉じ込めろというのか」との声が出たのは当然です。最高裁が追認すると、世界から批判されている精神病患者の閉じ込め入院がさらに広がるところでした。
「損害を受けた、弁償しろ」は当たり前のように見えます。しかし、子どもや認知症患者のせいで鉄道会社が損をしたから払え、は株主利益重視からです。一方、不通のせいで客の商談が流れて損害が出ても、運送契約があるとして鉄道会社は免責です。規定の有無の問題です。
昨今の想定外の少年犯罪で親が賠償を求められることも増えています。しかし、全く言うことを聞かず逆らう子どもの行為に親はどこまで責任が負えるでしょうか。「だれかを殺したい」という子どもの気持ちを親は知っていたでしょうか。
いじめ自殺など、逆に家族が行政や学校に賠償請求するケースも増えています。道路の窪みでバイクが転倒した事件も疑問の余地があります。いじめられたら皆が自殺するわけではないし、注意深い人は窪みを避けています。被害者や遺族の腹立ちはわかりますが、どんな事故にも運不運が大きく関係しています。担当者を懲らしめ、敵討ちするよりも、事故をどうなくすかが、より建設的です。
判決後、認知症保険も話題になりました。子ども損害保険、ペット損害保険、病気損害保険…。個人が自衛を図っても、保険会社がうるおうだけ。とてもとても、根本的な解決になるはずがない、と思うのですが。