田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(143)老人ホームでの殺人事件
川崎市の老人ホームで一昨年、3人の入所者が転落死した事件で、先週、23歳の男性元職員が殺人の疑いで逮捕されました。元職員は3人がベランダから転落した日、いずれも当直勤務で、2人については第一発見者でした。ホームの他の職員からはずっと疑いの目で見られていたようです。素行にも問題があったようです。昨年、入所者の現金や貴金属を盗んだことが発覚し、すでに窃盗罪で執行猶予付きの有罪判決を受けています。
今回の逮捕は最初に転落した87歳男性の事件ですが、介護に手のかかる入所者で、元職員はベランダの手すり越しに投げ落としたと供述していると報道されています。
おそらくはこの元職員が犯人だろうと思いながら、ふと疑問もわきます。あまりにも疑わしかったのに警察は当初は事件性を全く疑いませんでした。世間の噂が先行し、始まった捜査には強い圧力がかかっていたこと、犯行の証拠も不足です。目の届きにくい施設や病院の事件は念には念を入れての捜査が必要です。2000年に仙台市で起きた筋弛緩剤点滴事件は、裁判で勤務していた男性准看護師の犯行と確定しましたが、本人はずっと無実を主張しています。
この正月にたまたま、ジャーナリスト大熊一夫さんの著書『ルポ老人病棟』を読み直しました。老人ホームや介護施設の最大の仕事は、本当は1日に10回ぐらいは必要なオムツ交換など排泄の始末です。入所者はいろいろで、自分の便を弄んだり、周囲に塗ったり、所かまわず小便をしたり、入所者や職員に暴力を振るう、物を壊す重症者もいます。たった1人でも大変です。そうした人たちをてなづけるのは簡単ではありません。
何年も親の介護をしてきた孝行息子・娘が、突然、親を殺す事件もよくあります。介護を受けるだけ、するだけの人生への疑義です。ましてホームは他人。安い給料、人手不足でフラフラになって働く職員はたいしたものだと、改めて感銘を受けます。
どの分野でも何年かおきに必ず同じような事件が起きています。根本から解決しようとしないのは日本的というか、いや世界的、人間的なのかな、とも思います。