田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(123)若い研修医だけに有罪判決の違和感
月日が経つのは本当に早い、と痛感しています。コラムで取り上げたいと思いながら、ちょっとためらって翌週に回すと、予想外の事件。気づくと何カ月も経ってしまいます。たとえば、東京の国立国際医療研究センターの医療事故がありました。
東京地裁は 7月14日、30歳の女性研修医に、禁固 1年執行猶予 3年の有罪判決を言い渡しました。事故は昨年 4月16日のことです。整形外科の研修医が腰部脊柱管狭窄症の女性患者 (78) の脊髄造影検査で危険な造影剤を注射したため死亡しました。造影剤ウログラフィンの箱やアンプルには「脊髄造影検査には禁忌」と書かれており、判決は不注意による初歩的な過失、と認定しました。事件発生時の報道では、 5年目の後期研修中で、1 人で脊髄造影検査をするのも初めて。造影剤には種類があり、ウログラフィンが脊髄検査に禁忌とは知りませんでした。同様の事故はそれまで全国で 7件もありました。
指導医の指導を受けながら現場で臨床を学ぶとの建前ながら、人手不足の現場ではしばしば知識不十分の研修医が放任されています。そもそも、整形外科医をめざす彼女が脊髄造影検査の常識を知らなかったことが主治医にも看護師にも分かっていなかったことが不思議です。しかも、99年の都立広尾病院での消毒薬点滴事故以来、薬の確認は医療現場の常識でしたが、周りにはだれもいませんでした。初歩的な教育の不備、そして確認不足は今、日本を代表するような病院では信じられないことです。
病院は事故を警察に届けました。警察は常に“犯人”を探し、裁判官も“犯人”を処罰します。病院や主治医に悪意はなく、目を離しただけでは責任は問えず、“犯人”は研修医だけでした。
医療事故の多くは医師個人の責任というよりも、医療体制やシステムの問題、というのが医療界の常識になってきました。医療は複雑で、事故は一定の確率で起きる可能性があり、減らすのは教育や確認システムです。しかし、事故に憤る家族や、それに同情する記者は、“犯人”の厳罰を望みがちです。この判決の記事は10年か、もっと前のできごとのような違和感が拭えません。
おそらく多くの病院は自分たちには無関係、と考えています。そして、また別の病院で別の医師により、同じ造影剤事故か、そのレベルの事故が起こるのでしょう。