田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(166)群馬大学病院の手術死亡報告書から
腹腔鏡(ふくくうきょう)手術で何人もの患者が亡くなり、大きな関心を集めていた群馬大学病院の事故の状況がかなり明らかになってきました。有識者による医療事故調査委員会が7月末、大学に報告書を提出したからです。
それによると、2009年から14年度に同大学第2外科の同じ男性医師による肝臓手術で18人が亡くなっていました。09年度は開腹手術で5人、この医師が腹腔鏡手術を始めた10年以後は、腹腔鏡手術で8人と開腹手術で5人です。
肝臓周辺の手術ができるのは第2外科では、技術不足のこの医師だけでした。彼がさらに難しい腹腔鏡手術を始めるというのを同僚医師がとがめ、教授に中止するよう提言もしましたが、男性教授に聞き入れられませんでした。この教授は12年に腹腔鏡手術成績をまとめた論文を発表、少なくとも4人が亡くなっていたのに1人と偽っていました。また、亡くなった18人のうち17人は医療事故などをチェックする安全管理部門にも報告されていませんでした。報告書は、複数の医師が手術する第1外科との競争意識があり、適切な対応が取られていなかった、と指摘しています。同大学は男性医師を懲戒解雇、教授を諭旨解雇などの処分にしました。
今時珍しいほどひどい話ですが、実は2、30年前の日本の大学病院はどこも似たようなものでした。教授はたいていはコネや研究で選ばれたので診療技術は高くなく、教授より腕のいい医師は目障りだと逆に大学病院から追い出されました。手術死亡率や病気の治癒率は病院によって何倍も開きがあったのに患者は知らなかっただけです。
日本の保険制度は病院や医師が自分のできることをやっていれば支払い、医療の質は無関係です。患者が治っても治らなくても死んでも手術料は同じ、なのです。きっと男性医師は「一生懸命手術したのに患者が死んだだけ。法律に違反したわけでもなく、俺は悪くない」と考えていると思います。群馬大学病院よりもっと下手な病院が今でもいくつもあるはずです。
手術でいえば、難しい手術をする医師には一定の技術・経験が不可欠、といった資格制度や、救急技術など病院の体制条件が必要だと思います。内科医にも治せる技術を評価するシステムがいずれ必要になるでしょう。