医療ジャーナリスト 田辺功

メニューボタン

田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」

2015年8月17日

(117)「非科学」を信じ込ませる危険

 電車に乗り、優先席付近で何より目立つのは「携帯電話の電源をお切り下さい」という表示です。私が通勤に使う京王電鉄では、以前は必ず、何回もそのアナウンスが流れていました。携帯電話の電波が心臓ペースメーカーなどの電子機器に異常を起こすため、優先席付近では携帯電話の電源を切るようにとの呼びかけです。
 私は放送を聞くたびに複雑な気持ちになりました。このようなアナウンスをしているのは世界広しといえど日本だけ。しかも、内容は不正確です。子どもの頃から毎日同じアナウンスを聞いていると、いつか、それが正しいことと脳に刷り込まれ、日本人はますます非科学的な国民になるのでは、と心配になります。
 8月11日付け『朝日新聞』で、私の後輩記者がこの問題を取り上げていたので、改めて思い出しました。私は2008年に「それ本当ですか?ニッポンの科学」を連載しました。9回シリーズの1つが電車内の携帯電話です。電源の入った携帯電話は常時、中継基地局と弱い電波で交信しています。当時の基準では、電子機器に異常をまったく起こさないためには携帯電話を電子機器から「22センチ以上離す」ことが必要でした。
 ところで、現実には異常は起こらず、22センチは例外中の例外でした。限られたメーカーの非常に古いペースメーカーが奇跡的に寿命を保って動いていて、それに電波の強い携帯の機種が重なったような時だけに起こることもありうる、という程度です。それも一時的ですぐ元通りになります。実際、ペースメーカーを装着した患者自身が平気で携帯電話を使っています。
 特別に敏感な患者がいるのか、アナウンスを信じ込むと本当に気分が悪くなったような気になるのか、そのふりなのか。優先席付近では、しばしば電源オフをめぐるトラブルを見聞します。携帯電話の電波はさらに弱くなり、総務省は昨年のテストで、普通に使われているペースメーカーでは影響がないことを確認しています。それなのに、不正確な情報がずっと堂々とまかり通っているのはどんなものでしょうか。
 前記の私のシリーズは、日本の非科学的な規制や決定がテーマです。焼け焦げの発がん性、一部の残留農薬での食品回収騒ぎ、無意味だった牛海綿状脳症 (BSE)検査なども指摘しました。

トップへ戻る