田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(84)先輩記者と感じた総選挙
12月14日の総選挙。新聞やテレビの予想通り、自民党の圧勝でした。海江田代表の落選に象徴されるように、国民の民主党不信は根強く残っています。鳩山首相の「基地は沖縄県外」との嘘つき発言、菅首相の市民派らしからぬ偉そう・イライラ発言、最後は野田首相の突然の消費税導入での3党合意、最低支持率時の解散と、たしかに変な内閣が続きました。その反動か、新聞記事によると、職もろくにない貧しい人が「アベノミクスでよくなるかも」と自民党に投票したというから驚きです。
昨12月15日、私が長く勤めていた朝日新聞の親しい編集委員の集まりがありました。私を除くと政治部や経済部、社会部の記者ばかりですから、まずの話題は総選挙です。今回の総選挙のまとめを「戦後の終焉」「民主主義の終焉」と話した先輩が印象的でした。「日本人は歴史をまったく考えていない」とのなげき。冒頭の「自民党の圧勝」ですが、実は前回の総選挙と比べると自民党の当選者は3人減っています。M紙の「自民党、微減」見出しを評価する声もありました。
先輩たちに何となく元気がなかったのは、自分たちの思いが国民にあまり伝わっていない、との挫折感でしょうか。私はいつも思っているのですが、選挙となると、特集的な関連記事があふれてきます。対立テーマになったり、同情を買いそうな貧困や福祉の問題です。でも、日常の紙面全体はどうでしょうか。
どの面を開いても、スポーツやテレビ、観光地や食べ物の話題が全盛で、(私などは)聞いたことのないタレントの話や文章ばかりです。政治面も、愚につかない大臣や政党幹部の決まりきった会見記事。経済部の先輩によると、これから経済はどんどん悪くなっていくそうですが、経済面はどの記事も難しく、そんな風には理解できません。
凶悪な事件はあとを絶ちませんが、断片的で、あれよあれよといううちに、次々と入れ代わって行きます。警察の捜査をただ流しているだけでは冤罪も防げません。20年、30年後に冤罪だ、あの時の政治は間違っていたとかいうだけでは、報道の役割を十分果しているとはいえません。そういえば、沖縄県だけが自民党全敗でした。国民が政治や平和に関心を持つようになるには、それなりの報道が必要と痛切に感じた日でした。