田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(74)記事取り消し、謝罪に驚き
9月12日朝の新聞には驚きました。各紙とも『朝日新聞』が記事を取り消して木村伊量社長が謝罪したニュースを大きく扱っていたからです。
『朝日新聞』は5月20日、いわゆる「吉田調書」をスクープしました。政府の事故調査委員会の聴取に、東京電力福島第一原発所長の吉田昌郎氏が応えた内容で、それまで未公開でした。記事は「所長命令に違反、原発撤退」の見出しで、東日本大震災4日後の朝、第一原発所員の9割が、吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していたことを批判しました。
会見では、必ずしも吉田所長の指示が所員に伝わっていなかったこと、多くの所員はよくわからずにバスに乗るのを促され避難した、として、表現の強すぎる記事は誤りとされました。必要以上に所員をバッシングした、というわけです。
私はこの記事は覚えています。未公開の調書をよく取ったな、しかし、政府が隠す割りにはびっくりする内容ではないな、と感じました。想定外の事故で、所員が遠くに逃げるのも理解できるからです。
取材班としては、苦労して入手した調書をとびきりの大ニュースにしたい。そのために複雑な話の枝葉を省略し、筋を単純化します。できれば悪いやつをやっつける記事に。報道というのは多少ともそうした作為が混じってきます。事件の犯人が捕まると、極悪非道のエピソードを選んで掲載し、冤罪とわかると、捨てていた善良さを示す話ばかりを集めて編集するようなものです。
今回の吉田調書はごく普通のケースではないでしょうか。第一報の段階ですべて事実が判明していることはむしろまれです。新しい事実や間違いを、次々に続報の形で修正していきます。調書全体を読むと、たしかに命令が伝わらなかった可能性や伝達態勢の不備があります。取材班が修正を拒否したとすれば、その理由がよくわかりません。
会見でも出たように、今回の事件と従軍慰安婦問題が重なっています。20年も30年も頬かむりしてきた『朝日新聞』の従軍慰安婦報道は吉田調書の何百倍もおかしいとは思いますが、それと抱き合わせのような謝罪になっているのが不思議です。