田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(71) 従軍慰安婦の報道
自宅で静養中、と聞いて、先日、朝日新聞時代の同僚が見舞いに来てくれました。私は40年も勤務していましたが、ただの医療専門記者。出世とは縁がなく、社内での付き合いも少ない生活でした。それに対し、同僚はちゃんと役職もこなし、幹部ともよく通じています。
その彼がしきりにぼやいていたのが従軍慰安婦報道でした。先行した報道が誤報だったために韓国はじめ世界に誤解を広げたとして、多くのメディアから朝日新聞は非難中傷を浴びています。これを受けて8月5日付けの朝日新聞は検証記事を掲載、初期の報道は裏付け取材が不十分で誤りもあったとして、該当の記事を取り消しました。OBの同僚はこうした動きの影響を心配しているようです。
正直のところ、私は従軍慰安婦のことはあまり知りませんでした。そもそもは朝鮮人女性を強制的に慰安婦にしたとの告白書を出版、講演活動をしていた作家の話をソウル特派員がうのみにし、1991年、体験したとの女性を紹介したのが始まりのようです。その後、朝日新聞は何度もこの話を掲載、大きな反響を巻き起こしました。
実は翌年、研究者が現地調査、強制連行はなかったとする見解を産経新聞に発表していたそうです。作家の捏造話の可能性が浮かんだその時点ですぐに検証すべきでした。同僚によると、社内でも何度か問題視する指摘はあったようです。しかし、派閥の力関係やら何やらで、まあまあ、なあなあ、が続きました。22年もほおかむりするなんて、報道機関としては信じられない無責任です。
あのころの記者は思いのままの報道ができました。私もずいぶん、少数派医師を持ち上げた記事を書き、反発されました。しかし、医療では科学的な事実は無視できません。ところが、政治、社会、外国といった分野では、何が起きても絶対にないとは言い切れず、外から真偽の判断は不可能です。インターネットも発達していません。だから、現地に行かずに現場の状況を書いたり、特定の政治家や官僚とつるんでゆがんだ記事を書いたり、という記者がいくらもいたのです。とても残念です。