田辺功のコラム「ココ(ノッツ)だけの話」
(524)医療事故がなくなって欲しい
昨日12月10日、医療過誤原告の会 (宮脇正和会長) のシンポジウムが東京で開かれました。治療がうまくいかずに亡くなったり被害を受けることがあります。この会は医療訴訟を起こした被害者やその家族が、医療過誤の実態を社会に訴え、被害者の救済や制度の改革を求めようとの目的で1991年にできました。私は記者として30年以上のつきあいがあり、久しぶりの催しに参加しました。
法学者の木村利人・早稲田大学名誉教授と、賛育会病院長の高本真一・東京大学名誉教授の 2人が講演しました。木村さんはよく知られている歌「幸せなら手をたたこう」の作詞者ですが、バイオエシックス (生命倫理) の世界的先駆者でもあります。「自分のいのちは自分が決める」と題し、バイオエシックスの重要性を強調されました。そのきっかけがとくに印象的でした。
木村さんは1971年ベトナムの大学の授業中に激痛で倒れ、日本に急送されました。大学病院の医師は木村さんとはほとんど話さず、研修生にだけ説明し、尿管結石摘出手術を決めました。「患者と医師は対等でない」と感じました。米国ハーバード大学研究所時代の1979年に 2回目の手術を受けました。米国の医師は手術前に検査データを示し、診断と病状をくわしく説明し「私は手術を勧めるが受けるかどうかは貴方が決めて下さい」と話したそうです。医師にも委ねない「いのちの自己決定」でした。
「バイオエシックスは医療だけでない」と木村さん。第 2次大戦で日本兵がフィリピンで住民を殺したり、広島や長崎の原爆、ベトナム戦争の枯葉剤、ウクライナやガザなど、いのちの自己決定ができない戦争の悲劇にも言及しました。
高本さんのテーマは「患者中心の医療」でした。日本は医師中心の医療です。「予期しない死亡」を医療事故調査・支援センターに届け、調査する制度がありますが、最初に届け出るかどうかを判断するのは病院長です。
400床以上の病院の半数が 6年間事故ゼロとのことですから判断に疑問が生じます。高本さんの専門の心臓外科では、どんな手術でも「1.0 から1.5 %の死亡率」と患者に説明しており「予期しない死亡」ではないとすることが多いのが現実です。
70代の男性が心臓手術後に亡くなりました。遺族からの依頼で手術ビデオを見た高本さんは空気塞栓による事故と判断したのですが、病院は届け出を拒否しました。高本さんは医学雑誌に病院にも患者中心の医療が必要だとの批判記事を寄稿、病院は届け出ざるを得なくなりました。その経過も興味深く聞きました。
患者のために行うのが医療です。事故が減って欲しい、なくなって欲しいと改めて思いました。